京都地方裁判所 昭和61年(ワ)1906号 判決 1987年11月20日
原告
是枝一郎
右訴訟代理人弁護士
石川良一
同
酒見哲郎
同
吉田薫
被告
舛屋光信
右訴訟代理人弁護士
市木重夫
主文
一 被告は、原告に対し、金一三〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを三分し、その一を原告の負担とし、その二を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金二三〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張及び答弁
一 請求原因
1 被告は、自己を申請人とし、原告を被申請人として、原告所有の別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という)につき、昭和五八年一月一四日京都地方裁判所に対し、処分禁止の仮処分を申請し(同裁判所昭和五八年(ヨ)第四〇号)、同月二一日右仮処分決定(以下「本件仮処分」という)を得、同月二二日付で右仮処分登記手続を経由した。
2 本件土地はもと被告の所有であつたところ、被告が原告に対し売渡した土地(京都市山科区厨子奥花鳥町七番宅地374.54平方メートル〔実測1741.02平方メートル〕のうち、661.17平方メートル〔以下「本件旧売買地」という〕)について原告が右売買代金を約束どうり支払つたにもかかわらず、その履行期に右の土地を引渡すことができなかつたことから、被告から原告に対し、右土地の代りに本件土地を譲渡することで許してほしい旨申し出で、原告もこれを了承し、被告自ら原告名義に本件土地の所有権移転登記手続をなしたものである。
しかるに、被告はかかる事実を故意にねじまげ、本件土地を原告に欺しとられたとの虚偽の事実をでつちあげ、本件仮処分の申請をしたものである。
3 そこで、原告は、昭和五八年二月七日本件仮処分につき異議の申立てをし、昭和五九年一一月一二日右仮処分を取り消す旨の判決を得た(前記同裁判所昭和五八年(モ)第二一六号)。
右判決について、被告は同月二〇日控訴したが、昭和六〇年三月二九日大阪高等裁判所において控訴棄却の判決がなされた(昭和五九年(ネ)第二四七三号)。この判決は、同年四月一六日確定したので、本件仮処分は違法であつたことが確定し、同年五月一一日本件土地についてなされた仮処分登記は抹消された。
4 原告は、違法な右仮処分を取り消すため、その訴訟追行を弁護士に委任し(その具体的訴訟活動については、別紙「訴訟活動一覧表」記載のとおりである。)、その費用として金一八〇万円の出捐を余儀なくされ、同額の損害を被つた外、本件訴訟提起に当り、訴訟代理人との間に、本件訴訟追行の着手金として金二五万円を支払い、更に報酬として金二五万円を支払う旨約した。
5 よつて、被告に対し、不法行為に基づく損害賠償として金二三〇万円及びこれに対する本件仮処分登記が抹消された日である昭和六〇年五月一一日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告の答弁及び主張
1 答弁
請求原因1項及び3項記載の事実はいずれも認める。その余の事実はすべて争う。
2 主張
(一) 被告は、昭和五六年四月二一日原告との間で、本件旧売買地を代金一五〇〇万円で売渡す契約を締結した。
(二) しかるところ、右土地は訴外大都総業株式会社名義になつており、被告において売買契約の履行ができなくなつたため、昭和五七年四月頃、原・被告間で話合いの結果、右土地の代りに本件土地のうち三〇〇坪(991.73平方メートル)を譲渡する旨の変更契約が成立した。
その際、本件土地のうち残余部分については、時価相当額で売渡すこととし、速かに右代金を支払うことを条件に本件土地全部の所有権移転登記手続を経由した。
しかるに、原告は右残余部分についての代金を支払わなかつたので、被告は本件仮処分をしたのである。
(三) 右仮処分申請に当つては、疎明資料として、「昭和五七年九月二日受付第二六〇四七号同月一日売買を原因とする所有権移転登記」の手続をした司法書士宇野喬の証言もあり、仮処分決定を肯定し、仮処分異議棄却の裁判がなされる確信があつた。
のみならず、便利性からみても、価格からみても、本件旧売買地に代え本件土地全部を交換する筈はない。
(四) 以上のとおりで、被告のした本件仮処分には、故意も過失もない。
三 被告の主張に対する原告の答弁及び反論
1 被告の主張はすべて争う。
2 被告の主張は虚偽である。このことは、
「(一)被告自ら原告に対し、本件土地全部について所有権移転登記手続をしたこと、(二)本件土地全部の図面はあるが、他に本件土地の一部についての図面は存在しないこと、(三)交換契約及びその移転登記手続経由後、被告が原告に交付した売買代金領収証には、『土地代金全額領収』との記載をしていること、(四)被告主張の本件土地残余部分についての売買契約書等存在しないこと」等からみても明らかである。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1項及び3項の事実は当事者間に争いがない。
二そこで、本件仮処分により原告に生ぜしめた損害について、被告に賠償義務があるかどうかについて判断する。
1 仮処分命令が、その被保全権利が存在しないために当初から不当であるとして取消された場合において、右命令を得てこれを執行した仮処分申請人が右の点について故意又は過失のあつたときは、右申請人は民法七〇九条により、被申請人がその執行によつて受けた損害を賠償すべき義務があるものというべく、一般に、仮処分命令が異議もしくは上訴手続において取り消され、あるいは本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、その判決が確定した場合には、他に特段の事情のない限り、右申請人において過失があつたものと推認するのが相当である。しかしながら、右申請人において、その挙に出るについて相当な事由があつた場合には、右取消の一事によつて直ちに申請人に過失があるものと断ずることはできない、と解するのが相当である(最高裁昭和四三年一二月二四日判決、民集二二巻一三号三四二八頁参照)。
2 本件についてみるに、
(一) <証拠>を綜合すると、次の事実が認められる。
(1) 原・被告は、昭和五四年頃不動産取引業を営む訴外杉尾豊信の紹介で知合い、原告の希望もあつて、被告は自ら所有する土地のうち本件旧売買地を原告に代金一五〇〇万円で譲渡し、原告は、右売買契約の際代金の内金七〇〇万円を支払い、以後約定に従つて昭和五六年五月から毎月金三〇万円を支払うとともに、その頃から知人の訴外大川充則に依頼して住居建築の準備にとりかかつた(但し、右土地は、附近一帯の土地とともに、都市計画法、宅地造成等規制法、京都市風致地区条例、古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法等に基づく制約があり、住居の建築は当面不可能な土地であつた)。
(2) しかるところ、右土地の所有権は登記簿上訴外大都総業株式会社の所有となつており、かつ、被告と右訴外会社間に紛議があり、約定の昭和五七年三月末日までに原告に対し所有権移転登記手続を経由することが困難となつた。
そこで、原・被告は、双方とも弁護士に相談のうえ、昭和五七年三月末までに原告は残代金を支払い、被告は所有権移転登記手続をなすことを確約したが、結局、被告は右の履行をなしえず、同年四月頃原告に対し、売買対象地を本件旧売買地に代え、本件土地(地目・山林)に変更して貰いたい旨申入れた。これに対し原告は、「住居が建てられるかどうか」について質し、被告の「大丈夫」という言を信じて、被告の右申し入れを承諾した。
(3) 本件土地は、右変更当時既に谷口測量士に実測図面を作成させ、その範囲は確定しており、原告は、現地において被告からその範囲について指示説明を受け、同年八月一二日、右実測図面に基づいて本件土地を分筆し、同年九月二日、原告に本件土地(全部)の所有権移転登記手続を経由した。
(4) 本件土地も、前同様行政上の規制により住居の建築は当面不可能であつたが、原告は被告の助言・提案に従い、一見神殿風の建物を築造し非合法建築を既成事実化しようとし、同年一一月頃、原告は残代金六二〇万円を完済して、建築確認を得ることなく前記訴外大川を請負人として住居の建築を強行した。
(5) しかるところ、右違法建築を知つた京都市は、原告に対し、建築中止を命ずるとともに、昭和五八年二月七日原告に対し、原状回復命令を発した。
かかる事情の下に、原・被告間の信頼関係は破綻し、原告は被告に対し「約束違反」を非難するとともに、両者間に右の工事(一部被告名で注文がなされていた)代金の負担をめぐつて紛争が生じ、遂に、被告による本件仮処分事件等が生ずるに至つた。
以上の事実が認められる。<証拠>中右認定に反する部分は前掲証拠に照らし措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(二) 右の認定事実からすると、被告は当初本件旧売買地を原告に売渡したが、その履行ができず、原告の承諾を得て売買目的土地を変更した土地は本件土地全部であること明らかである(被告は、「売買目的の本件旧売買地から変更したのは本件土地の一部三〇〇坪である。」旨主張するが、右主張に副う被告本人尋問の結果は前掲証拠に照らし措信できず、他に、被告の右主張を認めるに足る証拠はない)。
3 してみると、被告は、契約当事者として右の事実を熟知しながら、仲違いした原告に対し、被保全権利のないこを知りながら敢て本件仮処分を申請し、その執行をしたものというの外なく、したがつて、原告に対し不法行為に基づく損害賠償責任を負うというべきである。
三そこで、原告主張の損害(弁護士費用)について判断する。
<証拠>を綜合すると、請求原因四項記載の事実がすべて認められ、他にこれに反する証拠はない。
しかるところ、弁護士費用を損害として請求する場合、事案の難易、訴訟物の態様、審理経過、認容額、その他諸般の事情を綜合斟酌し、相当と認められる額をもつて当該不法行為と相当因果関係に立つ損害と認めるべきところ、<証拠>により認めうる事情に照らし、その相当因果関係に立つ損害は、本件仮処分取消訴訟(控訴審を含む)について金一〇〇万円、本件請求訴訟について金三〇万円と認めるのが相当である。
四以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し金一三〇万円及びこれに対する昭和六〇年五月一一日(本件仮処分登記が抹消された日)以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で正当として認容すべきであるが、その余は理由がなく棄却を免れない。
よつて、民訴法九二条(八九条)、一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官矢代利則)
別紙物件目録
所在 京都市山科区厨子奥花鳥町
地番 一番一〇〇
地目 山林
地積 二、一二二m2
(以上)
訴訟活動一覧表<省略>